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2009年01月30日

高校の学習指導要領の改訂案への私見

文部科学省が2008年12月22日に発表した「高校の学習指導要領の改訂案」(2011年度の新入生から実施)では、「英語の授業は英語で行うのが基本」となりました。
asahi.com(朝日新聞社):「高校英語、英語で教えるべし」学習指導要領の改訂案
この提案に対する私見です。

私はこの文科省の方針は、非常に真っ当であると思う。英語を使える人材を育てるためには、英語を使う環境を整えることが必要であり、生活に英語が不必要な日本においては、せめて学校の英語の時間くらいは、英語を使う環境にしたい。

ただし、中学卒業までに基本的な英語を使いこなせるようにすることが前提である。中学英語のレベルを使いこなせれば、英米で生活することも十分可能である。つまり、高校に入って英語のみの環境になっても、理想的には対応できるはずである。

自分自身、日本の学校と英会話学校に通うこと(さらに独学)で、英語で自己表現できるようになり、大学時代に米国へ留学したときは不自由しなかった。日本で生活していても、十分な時間を費やせば、英語で授業できるレベルまで持っていくことは可能と思う。

英会話学校で教えていたときも、中学生でもできるだけ英語を話し、中3ではほとんど英語で授業ができた。日常英会話レベルなら、わりあいすぐに実施可能であろう。

しかし、現状は学習時間数が不十分なので、学校の授業だけでそのレベルを求めるのは不可能であり、授業数を増やせないなら、家庭学習に頼るしかない。これには、生徒のやる気や家庭の協力が必要となってくるため、全員の生徒ができるとは思えない。

また、進学校である高校では、大学入試に対応しなければならず、現状では大学入試で和文英訳、英文和訳の能力が問われることや、論文や雑誌記事等の知的で抽象的な、日本語で読んでも難しい内容が出題されるため、そういった内容のものは、英語だけでやるのは非効率的であり、理解の早い母国語の介在が合理的である。

センター試験は、会話表現重視、英語を英語のまま理解し処理する能力を測る傾向になってきているが、私大や国立大学の2次試験も変わっていかなければ、高校での英語による授業はありえず、指導要領による縛りは、ただですら忙殺されている現場教師の負担を増やすだけになってしまう。

進学校でない高校の場合、海外旅行などで不自由しないこと、外国の友人をつくれること、などを目指すのであれば、内容を簡単で身近なものにすることで可能になると思われる。

「高校の学習指導要領」だけでなく、入試改革への提言、中学カリキュラムへの言及と一緒になっていなければ、実効性のない、絵に描いたもちで終わるだろう。


posted by 浅井 晴美 at 13:09|ed | 教える
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